水チャンネルと五苓散の話
もとは、めまい、はきけ、嘔吐、腹痛等、消化器系に多用されてきた五苓散。
それが、「頭痛にも良い」ということで、近年になり
水毒→ 頭痛→ 水チャンネル→ 五苓散→ 改善
これら一連の研究・解明がなされてきました。
なぜ、五苓散が頭痛(特に天候が低気圧時の頭痛)に効果的なのか?
さらに近年の臨床現場においても、なぜ「脳浮腫(のうふしゅ)」に対して五苓散が多く用いられるようになったのか?
この機会、利水剤の代表ともいえる「五苓散」について考えてみました。
私個人としても、通算して6年間の自身への投薬歴のある処方であるだけに、感慨深いです。
今後も再度世話になる日も必然と感じ、整理する意味も含めその記憶を辿ってみたいと思います。
五苓散(ごれいさん)原典は、傷寒論(しょうかんろん)、金匱要略(きんきようりゃく)に収載されている漢方処方です。
構成生薬は沢瀉(たくしゃ)6.0、猪苓(ちょれい)・白朮(びゃくじゅつ)・茯苓(ぶくりょう)各3.0、桂枝(けいし)2.0。
(水チャンネルと五苓散の薬理)
五苓散の頭痛への応用は、約200年前に、日本の医師・村井琴山先生(1733-1815)が、「村井大年口訣抄」に記載したのがはじまりとしています。
その後、1950年代になり、大塚敬節先生が三叉神経痛への五苓散の効果を専門誌に報告。
さらに矢数道明先生、灰本元先生による頭痛への研究が長期続けられ、気圧低下に伴う頭痛に五苓散が著効することが発表されました。
近年になり、五苓散の薬理学的解明(メカニズム)がなされ、熊本大学ご出身の磯濱洋一郎先生(現東京理科大学教授)が、アクアポリンと五苓散との関連(水チャンネル)について発表されました。
アクアポリンそのものの詳細については、未だ解明されていない部分もあります。
しかし、水毒を駆水する五苓散の薬理的メカニズムを現代科学に基づいて解明するという、実に画期的な発表報告であったと記憶いたします。
アクアポリン
アクアポリン(Aquaporin、AQP)とは細胞膜に存在する細孔(pore)を持ったタンパク質である。
MIP(major intrinsic proteins)ファミリーに属する主要膜タンパク質の一種である。
水分子のみを選択的に通過させることができるため、細胞への水の取り込みに関係している。
(脳浮腫とは?)
脳浮腫は脳神経外科領域では日常よく遭遇する病態であり、例えば頭部外傷、脳血管障害、脳腫瘍などの疾患に合併し、頻発するケースが多い。
特に脳腫瘍における脳浮腫は血液脳関門の破綻もしくは欠損に起因する血管原性のものが主体だとされています。
血管原性の他には、細胞毒性、浸透圧性、流体静力学的または間質性とも言われています。
一方、脳浮腫を漢方医学的に見ると、局所性の水毒(水の貯留)とも解釈でき、その治療は「水毒を駆水」ということで、漢方処方の方剤れを応用できる可能性があります。
脳浮腫は放置すれば脳ヘルニアなどに進展し、生命の危険に直面するきわめて重要な病態であり、成因としていくつかの要素が考えられています。
(脳浮腫に対する現状での病院治療)
悪性脳腫瘍に合併した脳浮腫の治療薬としては、通常、高浸透圧利尿剤や副腎皮質ホルモンが挙げられる。
実際の臨床では、主に急性期の20%マンニトール液を 除くと、高浸透圧利尿剤として濃グリセリン・果糖注射液、イソソルビド液(経口投与) 、又は副腎皮質ホルモン(経口投与及び点滴)が使用されているのが現状です。
文字通り、濃グリセリン・果糖注射液は点滴のみで、現行保険制度下では使用期間の制限(2~3週間)がある。
また、副腎皮質ホルモンは経口も可能でその効果は良好であるが、易感染性や上部消化管出血などの副作用を伴うこともあり、長期使用では新たな課題も出現しやすい。
さらにイソソルビドはその味覚(濃厚な甘みと苦み)が患者さんにとっては服用時に負担になることも多い。
以上のように、従来からの薬物療法には、使用上の制約や副作用が少なくはない。
【五苓散の脳外領域での応用について】
利水剤の代表的方剤である五苓散は、局所の水分平衡の調整作用を発揮するにもかかわらず、電解質の異常が生じにくく、脱水状態を引き起こすリスクがほとんど無い。
この点で、西洋薬の利尿剤とは異なる作用を持っており、使用上の安全性もきわめて高い薬とも言えるでしょう。
五苓散は西洋薬の高浸透圧剤や利尿薬と異なり、水分代謝を司る水チャネルであるアクアポリン(AQP:aquaporin)を阻害する作用が前述のように報告されています。
浮腫が生じた際、AQPによる細胞内への水分透過機能を阻害することにより、浮腫を改善。さらに頭痛やめまい、嘔気などの症状に効果があるとされています。
以下の記述は一部「脳血管障害・脳腫瘍などによる脳浮腫(のうふしゅ)の漢方治療について 」2016/05/15の記述とかぶる部分もあるが、前述からの連記ということで掲載しました。
【五苓散】原典: 猪苓(ちょれい)・沢瀉(たくしゃ)・茯苓(ふくりょう)・白朮(びゃくじゅつ)・桂枝(けいし)
※原典と比較するに日本の漢方は白朮(びゃくじゅつ)ではなく蒼朮(そうじゅつ)で代用しているメーカーも散見する。
※蒼朮・そうじゅつ(オオバナオケラ)は、性味が辛烈で・燥散の性質が強く、補益力が弱い。
※白朮・びゃくじゅつ(ホソバオケラ)は、微辛でやや苦味があり・発散よりも補益力の方が強いので、健脾には適していると思われる。。
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【効能・効果】
■一般用医薬品(市販薬)※当店で取り扱いあり。
五苓散(原末)、五苓散エキス細粒、錠剤五苓散、その他。
体力に関わらず使用でき、のどが渇いて尿量が少ないもので、めまい、はきけ、嘔吐、腹痛、頭痛、むくみなどのいずれかを伴う次の諸症:
水様性下痢、急性胃腸炎(しぶり腹のものには使用しないこと)、暑気あたり、頭痛、むくみ、二日酔
■医療用医薬品(病院用漢方製剤)※処方せん薬のため、当店では取り扱えません。病院の先生にご相談ください。
五苓散料エキス顆粒・医療用(17番)
浮腫、ネフローゼ、二日酔い、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、眩暈、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病
【参考文献及び資料(敬称略)】
1)村井琴山:村井大年口訣抄, 18世紀末?19世紀初頭
2)大塚敬節:頑固な三叉神経痛に五苓散 東洋医学1(4) 1950
3) 灰本元・他: 慢性頭痛の臨床疫学研究と移動性低気圧に関する考察(五苓散有効例と無効例の症例対照研究)
4)Y. Yakazu・H. Yasui:Clinical Report Headache-Two Unique Cases, The Journal of KAIM Vol.1 No.1 p23 2006
5)新井信: 雨の前の日の頭痛に五苓散 漢方の臨床 第47巻12号
6)中村謙介:雨天で誘発される頭痛に五苓散(漢方牛歩録202) 漢方の臨床 50巻6号
7)磯濱洋一郎: 漢方薬の水分代謝調節作用, 五苓散シンポジウム記録集, p6-9国際東洋医学会 2013